うら田 創業80年史
106/141
1082年に上がるまではとにかく大変だった」 東一は時には窮屈さを感じながらも人間関係の育み方や礼節などを学びながら学生生活を送った。親元を離れて暮らす中で、両親のありがたさを感じることもしばしばだった。家族以上の時間を共に過ごした友達も、高校時代に得た財産の一つだ。 六花亭で餡一筋に学ぶ 東一は高校卒業後、愛知学院大学に進学した。中学時代からゆくゆくは家業を継ごうと考えていて、将来の仕事に多少でも役立てばと商学部を選んだ。 そして、大学を卒業した東一は将来を見すえて北海道にある菓子メーカー・六花亭で修業した。修業先を決めたのは一郎だ。昭和30年代半ば、六花亭(当時は帯広千秋庵)の小田豊四郎社長のもとを訪れ、その経営姿勢に深く感銘を受けた一郎が、東一にもその信条を吸収してほしいと頼み込んだ。 和菓子にとどまらず焼き菓子やチョコレート、ケーキなど幅広い商品を手がける六花亭に入社するに当たって東一は、「広く浅く教えてもらっても何一つ体得できない
元のページ
../index.html#106