うら田 創業80年史
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35第1章 始まりはパン屋からだ。このため一は退去を迫られることになった。一にしてみれば、十数年にわたって営業してきた愛着のある場所であり、なじみの客も多く離れたところへは引っ越したくなかった。 そこで、一は近くで店舗兼住宅に適した物件がないか探した。ちょうど道を挟んだ向かい側にある建物が候補に上がった。調べてみると、建物の所有者は北陸3県に30店を展開する精肉店、天狗中田本店の中田岩次郎社長だった。 一は普段から親しくしていた天狗中田本店野町店の古瀬巳之助氏を通じて、土地と建物を売ってもらえないか打診してもらった。働き者の古瀬氏は中田社長の覚えもめでたく、「お前の顔を立てて、譲ってもよい」との色よい返事を引き出してくれた。 小躍りした一だったが、売買に当たっては牛1頭分の代金と引き替えという条件が提示された。食糧難が去りつつあったとはいえ、いかに牛が庶民には手の届かない高根の花だったかが分かる。 一は資金をどうにか工面し、土地と建物を買い取った。建物には散髪屋のほか3世帯ほどが入居していたが、それぞれに補償金を支払って出ていってもらった。 こうして一は、晴れて自前の店を構え、一国一城の主となった。所在地は金沢市

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