うら田 創業80年史
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39第1章 始まりはパン屋から さらに、昭和26年(1951年)頃、四男陽作が病気で高熱を出し、その後遺症で知的障害が残ってしまった。「忙しさにかまけて近所の内科に連れて行ったのが間違いだった。ちゃんと小児科で診てもらっておけば、こんなことにはならなかったのに」 きみはそう言って自分を責めた。陽作は大きくなるにつれて、常に動き回ったり走り回ったりするようになった上、時には凶暴でヒステリックな態度も取るようになり、陽作が起きている間はひとときも目が離せなくなった。きみの肩に、店の仕事や家事に加えて、陽作の世話が重くのしかかった。きみにかかる負担は一層重くなった。お正月に撮影した家族写真

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