うら田 創業80年史
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58一郎の学生生活  一方、麗澤高校に進んだ一郎は学生生活を謳歌していた。全寮制の同校には当時、8つの寮があり、それぞれ50人ほどが生活を共にしていた。1年生から3年生まで6、7人の相部屋で寝起きし、朝6時の起床から夜10時の消灯まで食事や勉強、掃除、入浴などの時間割が決められ、否が応でも規則正しい生活を送ることになった。寮生活は上下関係が厳しく、下級生の役目である掃除をおろそかにしたりすると、先輩から厳しく叱られた。 食事は学生食堂で用意してくれたが、育ち盛りの年頃だけにとても満腹にはならなかった。空腹をしのぐため、一郎らの部屋では夜が更けると実家から送ってもらった米を持ち寄り、アルマイトの洗面器でこっそりと炊いた。そこにマグロのフレークの缶詰を混ぜ込み、皆でかき込むのだった。 寮と校舎は目と鼻の先、周囲には繁華街もない環境だけに勉強も進んだ。この点では父一の狙い通りだった。ただ、週1度のモラロジーを学ぶ時間だけは、一郎に

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