うら田 創業80年史
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70「あんちゃん、急いで帰るまっし。ゆっくりお茶でも飲んでいけって言いたいところやけど、あんたんとこの工場が火事で燃えてしもうた」 予期せぬ言葉に一郎の顔から血の気が引いていった。一郎は湧き上がる不安の黒雲を抑えながら必死で車を飛ばした。 戻った一郎の目に飛び込んできたのは、無残に焼け落ち水浸しになった工場の残がいだった。焦げた嫌なにおいがまだ辺りに充満していた。自宅に駆け込むと、一が仏壇の前にぽつんと一人で座っていた。一はすっかり精気を失い、人がそこにいるというより、幽霊がたたずんでいるかのようだった。ただでさえ小柄な父の背中が、いつもにも増して小さく見えた。その激しい落胆ぶりに一郎はかける言葉も見つからなかった。 突然のバトンタッチ  火災から二晩が明け、原因が少年の火遊びと突き止められた頃、一郎は頭を切り替え、今後の再建について自分なりに何とかしたいと考え始めていた。一方、同じ家

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