うら田 創業80年史
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71第2章 山あれば谷ありの中で一はがっくりと肩を落としたままで、声をかけるのもはばかられるありさまだった。その一が一郎を部屋に呼んだ。思い詰めたような父の顔を不安げにのぞき込んだ一郎は、しばらく父の言葉を待った。「わしは疲れたからもう辞める。明日からお前が社長をやれ」 一郎は自分の耳を疑った。予想もしない父の引退宣言にパニックになりそうだった。部屋に沈黙が落ちた。 一郎は、父が長い時間をかけて積み上げてきたものを一瞬で失った衝撃の大きさをあらためてかみしめた。同時に、小さな頃からどんなに苦労しても弱音など吐いたことのない父親を間近で眺めてきただけに、今回の「疲れた」のひと言でどれほどのダメージを負ったかが痛いほどわかった。「ここは自分が頑張るしかない」。腹を決め、経営のバトンを引き継ぐ気持ちを父に伝えた。修業から帰って5年目、まだ一郎が27歳の時だった。 突然の代替わりは周囲にも動揺を与えたが、一郎は立ち止まるわけにはいかなかった。火災からおよそ1カ月後、浦田は菓子作りを再開した。焼け落ちた工場はもちろん、大蓮寺の敷地にあった旧工場も既にさら地に戻してない中で、一の桂月堂

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