うら田 創業80年史
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99第3章 焼け跡からの再出発かった。これでは、通常の店舗のようにショーケースを挟んで販売員とお客様が向き合って立つ余裕はない。壁際にケースを置き、販売員がお客様の横から接客するしかなかった。 だが、これがかえって良い結果につながった。対面せず横から話しかける接客が、お客様から圧迫感がなく、リラックスして買い物できると好評を呼んだのである。狭くても居心地のよい空間ができたおかげで、開店後の売り上げは順調に推移した。 御影町に本社工場を新築  販売網や売り上げ、菓子のバリエーションが着々と増える中、製造を担ってきた米泉工場は手狭になっていった。加えて火災の後、1日も早く工場を再建しようと十分な資金もないまま急いで建設したため、隙間風が吹き込むなど衛生対策に十分手が回らず、初夏にはツバメが出入りし、巣を作る年さえあった。消費者の食品衛生に対する目は今ほど厳しくなかったものの、一郎の胸の中には早く手を打ちたい気持ちが大きくなっていた。そこで一郎は本社工場を別の場所に建設することとし、用地を

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